福岡&博多祇園山笠

東流は博多の東部旧東町筋を中心とした流です!。その中で今年から本町に復帰する町が我が上浜口町です



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

山笠打上げに行ってきました。②

スポンサードリンク



伊万里の商店街の寂しさは、一昔前の上川端通商店街とダブるものがありました。


一時期の天神への一極集中化や大型ショッピングセンター(ダイエー、松やレディス)の出現により、博多部の方へ人が行かなくなったことで、上川端商店街も存続の危機に立たされたことがありました。


そのときの商店街の雰囲気がまさに今の伊万里の商店街と同じ状況でした。 だから、その光景を見て誰も笑うものはいなかったのです。
同じ商売をするものとして危機を味わった者にしか解らない何かがあったのだと思います。


幸いにも上川端商店街はその後、南側にキャナルシティ、北側に博多リバレインや博多座が出来たために活気を取り戻し、もう昔の面影はありませんが・・・。


複雑な思いで再びバスに乗り込むと、いよいよ最終目的地の長崎へ。




長崎に近づくに従って、雨がひどくなってきました。
ここで市内探索を取りやめて、ホテルに向うことになりました。


ホテルは市内を背にした山の頂上付近に建っていて、そこに向う間途中の道路は側溝から雨水が溢れて、コンクリートの蓋を持ち上げ道路が川のようです。
別の場所では崖から…というより崖の上の側溝が溢れて滝のように道路に流れ落ちています。

長崎は平地が少なく、すぐそばは山ばかりなので、がけ崩れなんかも心配です。

その中をバスはエンジンをふかしながら、坂道を登っていき、ようやくホテルにたどり着きました。



ホテルの部屋からは雨と霧で下の様子がまるきり見えません。
ただ、ホテルが切り立った崖の上に建っていることだけがわかりました。



続く
スポンサーサイト
  1. 2006/07/28(金) 06:01:27|
  2. 旅行
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

山笠打上げに行ってきました。

スポンサードリンク



23、24日と山笠の打上げ旅行に行ってきました。

今年はすったもんだの挙句、伊万里、長崎を旅することに決まり、23日9時に上川端商店街に集まり、バスに乗り込みました。

※打上げ旅行と言いますのは、山笠に参加した役員の労をねぎらう為、いただいた祝儀を使って、旅行をするのです。 他の流れでは祝儀の額が私たちの流(上川端通)と全然違いますので、海外旅行に行ったりしているところもある様です。



山笠が終わった次の日から空模様がおかしくなり、ずっと雨の日が続いています。
23日も雨…それも大雨になるかもしれないという予想で心配しましたが、集合したときは曇りで一同ほっとしました。

バスに乗り込むと早速ビールタイムです。
久しぶりに朝から缶ビールを飲みながらいよいよ出発です。

2時間ほどで伊万里に着くと、伊万里牛を食べさせる有名なレストランでの昼食です。
が、余りに早く着きすぎたため近くの道の駅に立ち寄り時間つぶし・・・と乗り入れたのはいいのですが、そこではかなり強い雨が…。
トイレに行く者以外は皆バスの中で、降り続く雨を恨めしそうに見ながら、時間つぶし。

私は数人で傘を借り、雨の中をトイレへ・・・。
戻ってくる途中、海産物のお土産屋でホタルイカの一夜干しを買って、再びバスの中へ。 このホタルイカの一夜干しは珍味で酒の肴としてはなかなか美味かったです。

そうこうしている内に時間が来て、バスはレストランの駐車場へ。
さすが伊万里牛のステーキは最高でした。
何せ昼食に4000円以上する食事をするのはめったにないことなので、皆調子に乗ってワインなんか分かりもしないのに結構値段の高いのを選んで頼んでいました…が、味の方は・・・??みたいでした(笑)

食事が済むと有名な黒澤明記念館に向いました。
黒澤監督の出身地であるということで、彼が作った色々な映画のシナリオや絵コンテが飾ってあり、非常に興味深く見ることが出来ました。

黒澤監督が何故「世界の黒澤」と呼ばれるようになったか、記念館を訪れて分かったような気がします。

彼の映画は全て自分で構想を描き、下書きをし、シナリオを書いて製作に着手するというやり方です。 ・・・はじめて知りました。

だから雨の日の撮影や夕焼けの・・・といった撮影には自分のイメージ通りの天候になるまで何日も待ったというエピソードが実感として伝わってきました。

驚きと彼のパワーのすごさにただただ感激でした。


その感激の覚めやらぬ中、記念館のある商店街に出て・・・
言葉を失ってしまいました。


なんと日曜日だというのに商店街には人影はありません。 100m以上続くアーケードの商店の8割以上がシャッターを下ろしています。

皆黙り込んで、商店街の中をバスに向って歩いていきます。

今、全国的に商店街の存続が叫ばれていますが、「シャッター通り」という言葉が現実に迫ってきました。

何が原因でこうなったのか?皆心の中で考えている様子でした。



この続きはまた後日・・・
  1. 2006/07/26(水) 10:56:29|
  2. 旅行
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

いよいよ明日は山笠本番「追い山笠」です!


七月十五日…夜が白々と明ける4時59分一番太鼓の合図と共に、今年の一番山「恵比寿流」が櫛田入りをした後、次々と舁山(かきやま)が櫛田神社の清道を廻り、夜明けの博多の街に飛び出していきます。

私の山「八番山笠・上川端通」は七流の後、櫛田入りを奉納し、舁山の半分弱のコースを回って、戻ってきます。

普通の舁山は重さ約1トンを26人の舁き手達が担いで走るのですが、我々の山笠は重さ約2.5トン、高さ15mにもなる昔ながらの山笠を40人の男たちがそのまま担いで走ります。

舁き手には山笠の重さがそのまま肩に懸かり、10mも走ったら、息は上がり、目の前が真っ白になるくらい大変です。

それでも町内に戻り総務宅前に到着できたときの喜びはひとしおです。


山が山止めと言われるスターと地点に到着し、合図の太鼓を待つときの緊張感は、沿道の観客と共に鳥肌が立つくらいの感があります。

祭りの興奮と感動を、出ている者、観客共に共有できる祭りはそうそうはないと思います。

是非一度7月に入ったら、博多の街へ足をお運びください。

来てもらえば分かります!・・・「山笠があるけん!博多たい!」が…。


これから準備もありますので、この辺で失礼します。


頑張ります!


あっ! ちょっと豆知識です。
…重さ1トン以上の山笠や山鉾、山車といわれるものを車無しで、担いでしかも走る祭りは全国的に見ても非常に珍しい祭りだということです。

博多祇園山笠を見に来て感動して、自分たちの町おこしに…と北海道の芦別では10年ほど前から博多と同じ山笠を舁いで走る「芦別山笠」が町興しの祭りとして定着してきています。(構造も博多と全く同じ作りで、人形は毎年博多人形師が製作して送っています)


是非一度見に来てくださいね。


平成16年追山馴(7月12日)櫛田入り

  1. 2006/07/14(金) 15:15:01|
  2. 博多祇園山笠
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

博多祇園山笠・豆知識

7月1日に始まった祭りは、現在飾り山笠を公開し、各町がその豪快さや優雅さを競っています。

山笠の期間中は、参加者は胡瓜を食べてはいけないという風習があります。

一般的にはその切り口が祇園神社の紋に似ているから。とか、季節的に旬な食材を断って祭りにかけるためと言われています。

しかし長老の話を聞くと、本当は胡瓜ではなく、木瓜(きうり)つまり、まくわ瓜を食べてはいけないということを聞いて、博多の人間が早とちりして胡瓜となったとのことです。

まあ、どちらも瓜科の植物ですが、近年は木瓜を食べることは殆ど無いので、現在の言い伝えの方が何となく納得できる気がしますね。

その他に同じしてはいけない…ということで、期間中女性と接触してはいけないと言われています。

やはり、そのエネルギーを祭りにかけるように。そして、怪我をしないようにという意味合いも込めて言い伝えられているようです。

一説には女房とは・・・いけないとも言われていますが(笑)

本当に男というものは…勝手ですね。
何でも都合の良い様に解釈してしまう動物のようです。


胡瓜のことは、今でも中洲の古い料理屋やスナックに、山笠の衣装で行くと、胡瓜の入った料理は一切出てきません。


以上、山笠豆知識でした。

平成16年度の飾り山笠公開中の八番山笠上川端通

  1. 2006/07/05(水) 23:14:56|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

祭りを汚す者へ

いきなりですが、ここにはそういう方はいないと思いますが、最近私たちの博多祇園山笠を題材にした いかがわしいサイトがあるとの情報を耳にしました。

コミュニティサイトみたいなものじゃないかと思うんですが、山笠に参加している子供たちを題材に撮った写真を載せ、いろいろと卑猥な感想を書き込みしているんだそうです。

山笠は伝統として、祭りの衣装は

水法被に締込(お相撲さんのまわしみたいな物)、脚半、地下足袋といういでたちです。

だからお尻丸出し状態なのですが、それを上記のような目で見るというのは異常としか言いようがありません。


最近子供をターゲットにした事件が増えていますが、祭りを汚すようなサイトの存在…、そして、それに書き込みをする人の気が知れません。

私たち参加している者にとって、怒りを通り越して悲しみが湧いてきます。


博多祇園山笠は五穀豊穣、商売繁盛、家内安全などを山笠に託して神に奉納する神事です。

だから、子供からお年寄りまで皆が参加しているのです。


どうか一緒に祭りを楽しむ…、自分も参加している気持ちで山笠を見ていただきたいと思います。


以前までは参加している子供たちが楽しんでくれれば…と、それだけ考えていればよかったのですが、こういうことがあると子供たちの身の安全にまで格段の気を使わなければならないという状況が発生してきています。


本当はここで子供たちの写真も載せようと考えていたのですが、残念ですが掲載できなくなりました。


これから山笠は佳境に向かっていきます。


全国から多くの方が見物に来られるんですが、どうか純粋に祭りを楽しむ気持ちでお越しいただきたいと思います。


山のぼせとして、小生の気持ちを書かせていただきました。

皆さんのコメントをお願いできればありがたいです。
  1. 2006/07/04(火) 10:30:19|
  2. 山笠
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

7月1日…いよいよ山笠に突入!

去年山を舁(か)いたばかり…みたいな感じで、もう今年の山笠がやってきました。


準備期間中も大変だったけど、これからはもっと忙しくなります。

昨日7月1日は山笠に神様をお迎えする儀式…「御神入」が朝8時30分から行なわれました。

私たちは1時間前に集合して、前日準備したお供え物や山笠用具などを完成したばかりの山の前に置いて、神官をお迎えに櫛田神社に行きました。

そして、お歴々が揃ったところでいよいよ神事が始まります。


博多では、博多時間というのがあって、なかなか時間通りに人が集まらなかったり、約束に遅れるなど結構ルーズな面があるのですが、山笠のときだけは別です。

時間で全ての行事が進行していきますので、遅刻などはもってのほか!


粛々と1分1秒の狂いもなく行事が進行していきます。


これから7月8日までは飾り山笠が主役で、色々な場所に高さ11mもある豪華絢爛な山笠がその優雅さや絢爛さを競い合います。




そして、7月9日になるとお汐井取りといって、博多からおよそ5km離れた箱崎宮の海岸(浜)まで隊列を組んで小走りで、それぞれの流が浜の砂を取りに行きます。

この砂のことを「お汐井」と呼ぶのですが、山に出る男たちは取ってきたお汐井を出かける度に身体にふりかけ、向こう1年間の出先での安全を祈願します。

この「お汐井取り」が済んだ翌日からはいよいよ舁山(かきやま)が動き出します。

「お汐井取り」は山笠が「清」から「動」に変化する節目の行事なのです。



明日は参加する人たちを呼んで、舁山を動かす際のいろいろな決まり事や、安全対策、テクニックを教える日です。


こういった感じで、7月15日の最終日まで、毎日が山笠一色で進んでいきます。



だから、大変なんです。

…仕事もしながら、それ以上に山笠に時間を取られる毎日なので・・・。


でも、それが山笠なんですよ。
  1. 2006/07/03(月) 04:46:27|
  2. 団塊世代
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

すみませんm(_ _)m

明日・・・というか今日から「博多祇園山笠」の祭り期間に入りました。


これから7月15日の追い山までは、殆どPCに向かう暇がありません。

残念ですが、毎日の書きこみはできなくなりました。




これからは祭りの実況中継をしていきますので、皆様も博多の祭りを楽しんでください。


山笠があるけん博多たい!



よろしくお願いします。
  1. 2006/07/01(土) 01:57:30|
  2. 団塊世代
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。