福岡&博多祇園山笠

東流は博多の東部旧東町筋を中心とした流です!。その中で今年から本町に復帰する町が我が上浜口町です



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ガーン!!

昨日の新聞の夕刊を見ていたら、なんと私が出演?する予定だった映画の記事が・・・宣伝ではなくて主役にスポットを当てて書いてありました。

改めてかばんからシナリオを取り出し、読んでみました。



出たかったなあ・・・別に私は役者じゃないんで、キャスティングからもれたことについては、それほど悔しいとは思っていないんですが、実際に役者として、あ~いう現場を体験してみたかったのです。




映画の題名は「長州ファイブ」

監督は五十嵐匠
主演は松田優作の息子、松田龍平。



映画の中味は明治維新の前に国禁を犯して、イギリスに密航した5人の長州の若者(志士)たちのことを描いたものでありますが、彼らは後の日本の近代化の素となった技術や政策を持ち帰って、それぞれに活躍したのです。



因みに長州ファイブと呼ばれた若者たち

☆山尾庸三:最後まで英国に留まり、帰国後、日本工学の父と呼ばれた。

☆伊藤俊輔:後の伊藤博文。帰国して維新の内閣を築き、初めての内閣総理大臣となる。

☆志道聞多:後の井上馨。帰国して維新の外交の始祖となる。

☆野村弥吉:後の井上勝。帰国後、鉄道の鬼となり、日本最初の鉄道を作った。

☆遠藤謹助:帰国して造幣局を創設した。





で、私の役??だったのは、彼らに近代化を推し進めるためには、西欧文明諸国を見習わなければと、強く海外視察を示唆する

松代藩の兵学者、佐久間象山だったのです。



いやぁ・・・たった2ページのセリフだったんですが、やってみたかったですねえ。





シーンNO.13

【聚遠楼・信州松代】

    象山の前、聞多と俊輔が座す。

聞多 「先生の幕府への意見書読ませていただきました。先生は世界の大勢を説き、時局を論じ、武備の充実を語り、攘夷は不可能と断じている、先生の説く進歩的開国論とやらは私には理解できません」

象山 「御殿山でのエゲレス公使館での焼き打ちには、火薬が使われていると聞いたが・・・」

二人 「・・・・」

象山 「もし、これがエゲレス側にもれた場合火付け役の者達は、どうするのだろうかね」

二人 「(何も答えず)・・・・・」

    象山、ニヤリとし、

象山 「西欧文明諸国と伍するには『夷をもって夷を制す』より他に道はない」

俊輔 「そのためには?」

象山 「それには有為の人材を西欧に派遣し、事情視察にあたらせる。そして、陸海軍事技術、海防、築城の術を直接習得させるのだ」

聞多 「・・・・・」

俊輔 「異国かぶれというものだ」

象山 「私は攘夷のために異国を知る必要がある。そう言っておるのだ。中国、孫子の兵法をご存知か?」

二人 「・・・・・」

象山 「敵を知り、己を知れば百戦、危うからず」

    象山、二人の前に大きな紙を広げる。
    それは世界地図である。

象山 「これが全世界だ。この小さな国が我が日本だ。・・・・・幕府やら、藩やら、小さい事よ」

二人 「・・・・・」






すごいでしょ。
かなり重要な役回りなんですよ。


まあ、ざっとこんな感じで出番があったんですが・・・仕方ないですね。




福岡・山口地区はこの10月28日から上映。
2007年には全国で順次公開予定とのことです。



見に行かれる方は、ここの場面にきたら、どんな風にシナリオが変わっているかいないかも含めて、見る楽しみが増えますよ^^。





それにしても、新聞に取り上げられるような映画だとは思ってなかったので、そんな映画に出演しようとしていたとは・・・


やはり無手勝流の山のぼせでした。



スポンサードリンク
20060927215004.jpg
スポンサーサイト
  1. 2006/09/27(水) 21:38:31|
  2. 福岡県福岡市博多区
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

昨日は気分転換に、東長寺に行ってきました。

彼女と一緒に東長寺というお寺に行ってきました。

このお寺は、山笠でも清道ができ、必ず舁き山が拝礼していく由緒あるお寺です。


真言宗の本山で、親鸞聖人が唐から帰国して日本で最初に建立したお寺なんです。
・・・ここから真言密教が広まったと伝えられています。


今年は東長寺開創1200年に当たり、10月からその奉祝記念行事が行なわれます。

あっ、それからここには木造坐像では日本一に当たる平成3年に完成した高さ10.8mの巨大な大仏「福岡大仏」があることでも有名なんですよ。


私の家の宗派は浄土真宗なんですが、彼女のところが真言宗の古くからの信者のようで、そういうこともあり度々東長寺を訪れます。

境内には筑前藩主黒田家の墓もあり、その独特な形には不思議な力を感じます。


宗派に関係なく(元々私自身はあまり宗教が云々ということはないので・・・)こういう場所に行くと、不思議と心が落ち着きますね。

本堂に入り、ろうそくと線香を買ってそれをつけて、お参りをする。

そして、本堂の中をゆっくり見回す・・・正面に自作と伝えられる親鸞聖人像を拝し、右手には国の重要文化財に指定されている千手観音菩薩、左手にはこれも親鸞聖人作と伝えられている不動明王立像と三対のご本尊がこちらを見ている(千手観音菩薩像と親鸞聖人像は28日の護摩供法要のときにしか扉がが開けられないので、見ることはできませんが…)

目を閉じ、心を静かに・・・やがて目をゆっくり開け、ご本尊を見ながら、何も考えずにじっと見つめていると、何かを感じるみたいな気がする。

1200年の時を超えた何かを・・・。


この後、2階に上がり、先ほどの福岡大仏を拝顔して、東長寺を後にした。


次の日曜日、10月1日には庭儀大曼荼羅供法要(ていぎだいまんだらくほうよう)が開かれるとのこと・・・、未だ見たことがないので、一緒に行くことにしている。

そうそう彼女のご祖母様の13回忌の法要もこの10月に執り行う予定とのこと。


これも何かの因縁めいたものを感じている山のぼせです。



スポンサードリンク
20060925061957.jpg
東長寺本堂
20060925062015.jpg
福岡大仏
20060925062048.jpg
黒田忠之公の墓所


無料アクセスアップツールWarp!-mini
URLを入力すると、誰かに閲覧されます。
  1. 2006/09/25(月) 06:11:17|
  2. 福岡県福岡市博多区
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

中洲のとあるお店の話

国内では今自民党総裁選挙で賑わっていますが、今朝の新聞でタイで軍事クーデターか!という見出しが踊っていました。

国連総会に出席のためニューヨークに来ていたタクシン首相は急遽帰国の運び・・・。
元々首相一族の汚職問題に端を発しているので、帰国してどうやって事態を収拾するんだろう。。。。血なまぐさいことにならなければ良いが…と一人心配するのであります。


平和な日本では考えられないことのようですが、一昔前の日本でも頻繁に起こっていたんですね。

暴力では何も解決できない…とは言うものの、ある面ではそれだけ国のことを想い、憂いた人たちが過激な行動に出るのでしょうか。

それとも、単なる利権争いか?

仏教の国として有名なおとなしい国のイメージが強いタイ国・・・ちょっとショックです。

ただ、私の考えでは国民に絶大な信頼のあるプミポン国王がいる限り、とんでもないことにはならないんじゃないかと思っています。




血なまぐさい話はこれくらいにして・・・

タイといえば、プミポン国王!というくらい国民に愛されている国王がいる国ですが、人一倍タイを・・・、そしてプミポン国王を愛してやまない日本人がひとり・・・・・もちろん私・・・・・ではありません(笑)


博多に、、、それも中洲にいるんですよ^^。


彼は私の大学時代の先輩でもあるんですが、大恩人でもあるし、今でもお世話になりっぱなしのとても人柄の良い、優しい人です。

しかも60の半ばを過ぎた今でも恋多き人なのです。


まあ・・・・・・私のお師匠さんみたいな人ですね。



前置きはこれくらいにして、その人の名前は敢えて伏しますが、中洲3丁目の博多川の一本路地を入ったところに『すたんどバーA』という看板を見つけたら、そこです。

もう、40年以上そこで続けられています。
ある意味、中洲の主でもあるんですよ(笑)。

ドアを開けて中に入ると、中は意外と広く、カウンターの奥の壁に飾ってあるプミポン国王の写真が目に飛び込んできます。

すぐに気さくな美人の女の子たちが迎えに来てくれ、席に着くと、周りには既に他のお客がいっぱい・・・そうなんです、ここはいつもお客さんで溢れているんです。

それもマスターを頼ってくる人が圧倒的に多いんです。
これもマスターの人柄なんでしょうね。

女の子たちがよく言います「この店はね、マスターでもってるんですよ。他の店なんか女の子で…って言うのにね。みんなマスターには負けるもんね(笑)」

それくらい幅広いマスターの人脈には僕らも感心させられます。


道路に面した1階にその店はありますので、皆さんも博多中洲に行かれることがあったら、私に連絡いただければ案内しますよ^^。

是非、一度顔を出されてくださいね。

丸秘情報も聞けるかも・・・ですよ^^。



で、話を元に戻しますが、すたんどバーAのマスターは大のタイ好き・・・そして、タイ通で知られています。

1年に数回はタイに行かれてますし、嫁さんもタイの方なんですよ。

お客さんがタイに行きたいと盛り上がると、自分で率先してツアーを組んで案内するくらい・・・何処にそんなタイの魅力があるのか?私も興味深々です^^。


今度儲け出して、余裕が出来たら、先輩の案内で彼女と一緒にタイに行こうと思っています・・・なんでお前とお前の彼女の為に俺が案内せんといかんとや(笑)…と言いながら、でも案内してくれるよき先輩でもあります。

タイのクーデターには彼も相当心配しているんじゃないかと思っていますので、今日にでも励ましに行ってあげようかなって思っている山のぼせであります。



スポンサードリンク
IMG_0443_2.jpg
IMG_0444_2.jpg
IMG_0434_2.jpg
  1. 2006/09/20(水) 17:04:42|
  2. 福岡県福岡市博多区
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

台風一過・・・皆さんのところは大丈夫でしたか?

福岡…というか北部九州には珍しく、台風が九州の西側を北上し、北部九州を縦断したために大きな被害が出たみたいです。

皆さんのところは如何でしたか?



あっ!北海道はこれから台風が近づいてくるみたいですね。
勢力が弱くなったとはいえ、台風には変わりありませんから、充分お気をつけください。

被害が出ないことをお祈り申し上げます。



その他の台風が通り過ぎた地域の方々の中で、せめて私のブログを見ている方のところには被害がなかったことを祈ります。


私の家はぼろ屋なんですが、幸いにも先日修理??した屋根のシートも飛ばされず、雨漏りもせずにすみました。…ホッ!


台風のお陰といっては何ですが、玄関の横に捨てようと思いながらほっておいたミニチャリが入っていた大き目のダンボール箱が、風に飛ばされ玄関先でびしょびしょになって入口を塞いでいました。

触ってみると既に水を含んで、やわやわボロボロの状態だったので、ちょうど昨夜はごみ出し日だったので、雨の中、手でそのダンボールをちぎったりしてまとめてゴミ袋に入れて出すことが出来ました^^。



不思議だといえば、不思議なことなんですが・・・、


我が家が建っている場所は小高い丘(山?)のふもとにあります。
以前といっても数百年前にさかのぼりますが、我が家の裏手の丘の上には神社があったそうです。
それも八幡神社。

で、今は遷宮されて今川という場所に建っている「鳥飼八幡宮」(とりかいはちまんぐう)がその神社に当たります。

私が小さい頃は上に犬小屋ほどの小さな社が建っていました。

で、字図をとってみると家の横には細い階段状の上り坂が描いてあります。
今はその面影を見ることも出来ないんですが、確かにその社に登っていくための細道があった様なのです。


そういうことで、我が家というかこの辺一体はその八幡様に守られているのかどうか解りませんが、先の福岡西方沖地震のときも我が家はあれほど揺れたにも関わらず、神棚の榊を入れた花瓶を始めとして、皿一枚割れませんでした。(あの地震の時、隣の家では水屋が倒れて、食器類が割れて大変だったそうです)

もちろん台風の被害も一度も経験していません。

ひょっとしたら何かに守られているのかもしれません。


余談ですが、私がここが元鳥飼八幡宮の跡だったということを知ったのは、ほんの10年位前で、神社の方が毎年年末になるとまわって来られて、この辺り一帯に住んでいる方は皆氏子に当たるからとお札を持って集金??に来られます。


それで、博多の古地図や文献を調べているんですが、その昔海岸そばの今の南当仁地区にあり、そこから現在の地に遷宮したということは判っていますが、私の住んでいる地域にあったという記述は未だ発見していません。


まあ、神社の方が言われるのだから本当のことだろうと思うし、確かに小さな社があったのは記憶しているので、間違いないと思っています。

今後私なりに調べていこうと思っておりますが、この土地のルーツを知るのも面白いものです。


自分の住んでいる場所に過去にもいろんなドラマがあったかと思うと、ワクワクするものがあります。

これから、守られているという気持ちにも感謝しながら、それに報いるためにも、精進、努力を重ねていきたいと心を新たにする山のぼせです。



スポンサードリンク
20060919150109.jpg
20060919150157.jpg
20060919150109.jpg
20060919150007.jpg

テーマ:ブログ日記 - ジャンル:ブログ

  1. 2006/09/19(火) 14:21:55|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

筥崎宮(筥崎八幡宮)

先日たまたまあることで、八幡宮にまつわる出来事を話していたんですが、山笠では必ずお汐井取りといって、筥崎(箱崎)宮の浜までお汐井(砂)を採りにいく行事があります。

筥崎宮では前に書きました様に、9月に入ると放生会(ほうじょうや)が開かれます。

その筥崎宮は筥崎八幡宮というのが本来の呼び方なんです。
普段は筥崎宮…、筥崎さんと言っているので気付かなかったんですが、立派な八幡さんなんです。

その云われは古く、由緒のある神社なんです。

ここで、筥崎宮の資料からその歴史を探っていきたいと思います。
下記文面は筥崎宮の資料より、抜粋いたしました。

 延喜21年(921)に醍醐天皇の勅によって筑前大分宮(穂波宮)から遷座したとされる神社。当時の公式な格の高い神社のリストである『延喜式』神名帳に創建後すぐに載っているので、醍醐天皇勅願というのもあながち間違いではないでしょう。

 祭神は八幡大神(応神天皇)及び応神天皇の母である神功皇后、そして玉依姫で、別名・筥崎八幡宮ともいい、宇佐・石清水とともに三大八幡宮に数えられています。

 神功皇后が応神天皇を産んだ後、その胎盤(御胎衣=おえな)を箱に収めて埋め、そこに松を植えた「筥松」が本殿のすぐ脇にあり、この筥松のある岬ということで、「筥崎」と呼ばれるようになったといいます。

 その縁起を能にしたのが世阿弥作による復曲能『箱崎』です。もっとも能では松の下にあるのは、箱に収められた戒(戒律)・定(精神集中)・恵(真理を見通す智恵)の三学の妙文だとされていますが。

 筥崎宮は、表参道がそのまま箱崎の港まで続いているように、海と深い関わりを持っている神社です。古代から中世にかけて大宰府の外港として、中国や朝鮮半島との貿易の拠点ともなったようで、『今昔物語集』などには箱崎の賑わいが描かれています。

 箱崎が中国と良きにつけ悪しきにつけ、交流が深かったことは能『唐船』でも分かります。箱崎の何某は中国船との争いの時に、祖慶官人という男を抑留、下人として使っていました。祖慶官人は日本人の女性との間に子を成していましたが、そこに中国で成した子が迎えに現れ、日本で産まれた子も連れて祖国へ帰るのでした。

 ちなみに、能『唐船』ではあえて日本人の妻のことが描かれていませんが、筥崎宮での伝えによると置いていかれたとされており、境内には祖慶官人の帰国の際に夫婦が腰掛けて名残を惜しんだとされる「夫婦石」があります。廃曲能として後日談にあたる『箱崎物狂』という曲があったそうで、置いていかれた妻が物狂として登場するそうですが…。

明州河をおし渡り 海漫々と漕ぎ行けば はや日の本もほの見えて 心筑紫の果にある忍びし夫を松浦潟 波路遥かに行く程に 名にのみ聞きし筑紫路や 箱崎に早く着きにけり


 ところで本殿の正面には「敵国調伏」と少々穏やかならぬ額が掲げられています。これは中国や朝鮮半島と近いがために元寇(モンゴル帝国の侵入事件。1274年、1281年)の際に社殿が焼き払われ、その後の再建の際に亀山上皇から贈られた字なのだそうです。このことからも、筥崎宮は良くも悪くも海外との接点となった神社といえますね。



スポンサードリンク
20060903182804.gif
  1. 2006/09/07(木) 23:59:03|
  2. 九州・博多
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

もう9月になりました。・・・『放生会』

昼間、ツクツクボウシが秋の訪れを告げるように寂しげに鳴いています。


もう9月になりました。

本当に秋の始まりというか・・・最近は朝夕は過ごしやすく、めっきり秋らしくなってきましたね。


ところで、9月といえば博多の三大祭りの一つである『放生会』が始まります。(9月12日から18日まで)

場所は山笠のお汐井取りでも有名な、博多の東のはずれにある箱崎宮で開かれます。


放生会は、「ほうじょうや」と発音します。 その名の通り生きるものを放つ・・・つまり万物の生命をいつくしみ、殺生を戒めると同時に五穀豊穣を感謝するお祭り(神事)です。

起源は1000年以上前にさかのぼり、非常に歴史のあるお祭りなんです。

期間中は、約1kmの参道に全国から露天商が集まり、700店余の露店が店開きし、各所でイベントも開かれ、毎年100万人以上の参拝客が訪れます。
恐らく秋祭りとしては九州では最大のお祭りだと思います。

期間中はやむを得ず殺生した生き物や、亡くなったペットなどの放生会感謝祭(供養祭)も行なわれます。



ここで、放生会名物を紹介しましょう。


『博多ちゃんぽん』 繊細なガラス玩具で、細いストロー状の先に底のあるラッパの様な形をしています。息を吹き込むと「ペコッ」「ポコン」と音が鳴ります。
昔はこの音を「チャン!」「ポン!」と表現したことから、その名がついたものと思われます。
箱崎宮の巫女さんが、お花やトンボなど一つ一つ手作業で絵付けします。
12日の午前8時からお札所で販売します。


『放生会おはじき』 初日の午前中に完売する人気のおはじき。博多人形師グループの方々が、博多人形と同じ手法で一つ一つ手作りされます。素朴でかわいいおはじきが30個入って1箱。12日の午前8時からお札所で販売します。


上二つは12日の午前中というか、発売後1時間ほどで売り切れます。お求めの方は早朝から出かけて行って並ばないと買えませんよ。

なお、模造品は露店でも販売していますので、どうしてもという方は値段は高いですが…どうぞ。


『幕出し』 大正時代頃まで箱崎宮界隈で行われていた、「野外パーティ」を、博多町人文化連盟が復活したもの。その昔、箱崎一帯は松原で、松の枝に幕を張り、その中で、町内やお店ごとになどで騒いでいたそうです。


露店の数にも圧倒されるけど、本道から横に並ぶ通りの「見世物小屋」は面白い。へび女にお化け屋敷、的当てや射的にスマートボール、カニ釣りに、ヒヨコ釣り。小屋の人達も高齢で何時まで立つのか?
おばちゃんの口上は必見です。


『新しょうが』
戦前までは、筥崎宮周辺にはたくさんのしょうが畑があり、博多のごりょんさんが、放生会のお土産として買って帰ったのが、今では名物になりました。



放生会スケジュール

9/12 午前 0時 初日祭
   午後 6時 お神輿行列(おくだり)
9/13 午前10時 朝御饌祭
   午後 1時 献菓祭
   午後 3時 夕御饌祭
9/14 午前10時 朝御饌祭
   午後 1時 夕御饌祭
   午後 7時 お神輿行列(おのぼり)
9/15 午前10時 放生会大祭
   午後 3時 献華祭
9/16 午前 9時 五日祭
   午前11時 献茶祭
9/17 午前10時 六日祭
9/18 午前10時 納祭
   午後 2時 放生神祭
        (稚児行列、童児育成祈願祭の後、鯉の放生、鳩の放生
      等が行われます)


      ※内容・日時等は都合により変更になる場合があります。



参考資料:COCOJ




スポンサードリンク
20060903182804.gif
  1. 2006/09/03(日) 17:17:30|
  2. 祭り
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:4

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。