福岡&博多祇園山笠

東流は博多の東部旧東町筋を中心とした流です!。その中で今年から本町に復帰する町が我が上浜口町です



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せいもん払い

11月に入り、間もなく上川端商店街では「せいもん払い」が始まります。・・・11月16日から20日まで


ここで、「せいもん払い」のことを詳しく書かれている天神・新天町のシバタ洋傘店のホームページから了承を得まして、記事をそのまま掲載させていただきますね。



ーーーーーーーーここからーーーーーーー

福岡市では毎年11月中旬すぎにあちこちの商店街で「誓文払い」という売出しをします。転勤で福岡にこられた方や旅行者などから、せいもん払いのことをよく聞かれます。そこで知っている限りをお教えしたいと思います。

「せいもん払い」とはひとことでいうと「博多商人の商売への感謝祭のようなもの」です。ふだん儲かっている(?)お礼の意味で、この時ばかりは商売抜き、儲けを考えない商いをすることになっています。そして博多のせいもん払いのはじまりは明治12年にさかのぼります。

博多の誓文払いは大阪の蛭子祭の誓文払いがヒント
ユニークなのは、それを地域の売出しにまで高めたところ
八尋利兵衛さんはエラか!
日程は本来11月18日19日20日です


せいもん払いの名称

 
博多の誓文払いは大阪の蛭子祭の誓文払いがヒント
明治12年、博多の町に不景気風が吹いていたころ、商売を始めて年数もたたない博多下川端の漬物商の金山堂八尋利兵衛さんが大阪に行った際、たまたま10月20日の大阪の蛭子祭(えびす)で、呉服屋の「誓文払い」を目にしました。

その盛況ぶりに驚いた利兵衛さんは、「これだ!このせいもん払いを博多の多くの商店が共同でやればきっとたくさんの人が町に来てくれる」と思い、帰ってきてすぐにあちこちのお店を説得してまわったそうです。

それでその年、明治12年12月3日福博呉服商28店が参加しはじめての誓文払い開催されました。当時は安売りをする店はつぶれる前の店と思われるという時代でしたので、八尋さんの説得の熱意が伺われます。

博多のせいもん払いがユニークなのは、それを地域の売出しにまで高めたところ

初年度28店から始まったせいもん払いが、年々盛況になっていくのにつれそれを見て毎年参加店が増え、明治38年には、博多の殆どの業種の店が参加し、博多独自の「せいもん払い」という行事が誕生したのでした。

八尋利兵衛さんはエラか。

元来、商人はそれぞれが自分勝手でばらばらという時代に、博多の町に「せいもん払い」を仕掛け、作り上げた八尋さんの知恵と熱意に敬意を表します。

現在ではあちこちで行われているようですが、博多のせいもん払いがユニークなのは、いち早く、それを地域の売出しにまで高めたところです。
商人は商売の神様やお客様への感謝を忘れないこと、正直なこと、消費者志向、共同の精神、それに情熱が大切だということを教えられます。

八尋利兵衛さんの情熱に感謝と敬意を表したいと思います。菩提寺は博多祇園町の順正寺。


 
余談

明治の初め、博多は立地がよく商売がやりやすかったために博多商人の末裔たちは保守的になっていたそうです。
後から商売を始めたよそ者の金山堂の八尋さんが博多に新しい風を吹き込んだのではないでしょうか。

明治28年に、野村商店、笠野屋、中尾、石蔵屋、紅屋、福本、吉田、中尾支店、古井、岩田屋、肥後屋、具島、篠原、野村本店、丸三などが「正札組」を結成し正札販売を実行し、広告にもそれを宣言して大阪商人も驚嘆させたそうです。(それまでは正札という考えはなく、お客との駆け引きで商品の価格が決まる商売が当たり前でした。

博多のせいもん払いの日程は本来11月18日19日20日です。

博多のせいもん払いの日程は、いつのころからか11月18日19日20日に決まっていました。この時期は農家の収穫期が終わる頃で、多くのお客様が博多に出やすい行きやすい時期なので決めたようです。

最近は商店街連合会(福岡商店街百貨店量販店連盟)の会議で18日-20日に加えて買い物に出やすいような土曜日、日曜日が入った日程になるように決めています。

大阪の夷講誓文払いと違い、神仏の習しの日程にとらわれず消費者にあわせた日程にしているところが博多らしいと思います。

最近は、「給料日の後になるようにしたらいい」などと日程をかえようとの声もありますが、いまのところ八尋さんが始めた日程にこだわっているところです。


せいもん払いの名称の由来

1.神様への約束

江戸時代に大阪のある呉服屋が夷講(商売の神様といわれるえびす様の感謝祭。)の催しとして始めた、売り出しの名称がルーツといわれています。この大阪の「せいもん」とはもともと「誓文」と書き、本来は神様に約束を書いた文書のことです。大阪では元々恵比寿祭の折に呉服屋の蔵ざらえのせいもん払いを行っていた。


2.遊郭の女の人との約束

昔、遊郭があった時代、遊女にもてたいお客に、「年季が明けたら夫婦になろうね。」などと、遊女はお客にその場限りの神にかけて誓った約束の誓文を渡してはそれを反故(ほご)にするのが常でした。
遊女が神にかけてした約束を破った罰があたらないように神様にお願いして払ってもらうことを「誓文払い」といいいました。

それに習い、商人が「いつもはお客をだましてばかりいる店ですが(そんなことはありません)、罪滅ぼしで、蛭子様を祀って、正直に掛け値なしにする大安売りをしてます」という意味から「誓文払い」と名づけた売出しをはじめたという説があります。(博多では誓文払いの時に恵比寿様を祀ることはしていません。)

 
3.殿様との約束

兵庫県三田市でも誓文払いをしていますが、この誓文払いの由来は、江戸時代に殿様から商人は暴利をむさぼっていると言われ誓文を書かされたことに始まったと言われています。


博多のせいもん払いは、戦後数年後までは「誓文晴れ」と言っていたそうで、これは夷祭のずっと後で行われたので、すでに誓文払いは終わっているという意味で「誓文晴れ」といったのではないかと私は推理しているのですが、大阪の蛭子祭と時期が違うのにそのまま「せいもん払い」と言うのをはばかったのではないかとも考えられます。

戦後のせいもん払い復活1号は新天町
昭和21年に創業した新天町には博多がルーツのお店が多かったので創業の年に戦争で途絶えていたせいもん払いを復活しました。そのころは「誓文晴れ」と呼んでました。


ーーーーーーーーーーここまでーーーーーーーーーー


如何でしたか。
あまりにも詳しく調べていらっしゃるので、何も書き足すことはありませんでした(汗

柴田さん本当にありがとうございました。


因みに、シバタ洋傘店さんのサイトは
http://www.hakata-kasaya.co.jp/hakatagaku/seimon01.htm


皆さんも行って見てください。


それから、16日からの上川端商店街の「せいもん払い」では、いろんな商品が格安の価格で販売されますから、普段買いに行かない方もちょっと覗いたら、結構掘り出し物が見つかるかもしれませんよ。


是非、「せいもん払い」は上川端商店街にお越しくださいませ。



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上川端商店街せいもん払い風景
上川端商店街せいもん払い風景

上川端商店街せいもん払い・えびすくじ
せいもん払い:お櫛田さんのえびすくじ

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  1. 2006/11/15(水) 03:01:15|
  2. 福岡県福岡市博多区
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先日、やっと…   ホッ

忘年会の場所が決まりました。


本当は商店街の中で今度オープンする居酒屋にしたかったんですが、キャパが足りなくて、止むを得ず近くの・・・これも、比較的新しい居酒屋に決めました。


今度新しくオープンするその居酒屋は、何でも魚市場の関係の方がオーナーとのことで、魚料理には絶対の自信があるとか・・・。


私達の八番山笠の忘年会の翌日に、商店街の役員の忘年会がそこで開かれるとのこと・・・当日はオーナーも奮発して、通常1万円の料理を半額で提供するらしいです。・・・ククッ、、、羨ましい。

多分、初っ端はふぐ刺しから始まるんではないか・・・ア~涎が、。、。、。


まあ、・・・こちらの人数が多すぎるんで、仕方ないです。


昨晩はそんなこんなで、下見もかねてその居酒屋に訪問。。。なかなか落ち着いた雰囲気で、料理も和風とは言いながら、ちょっと変ったメニューで満足でした^^。



早速、案内状を作成して配らなければなりません。

(当日は一人5000円の会費で、二次会込みの料金ですから、すごく安いでしょ!・・・というのは、外部からのお手伝いいただいている方々に感謝の意も込めての懇親会ですから、オーバーした分は八番山笠より補填するからなんですよ)


でも、一段落でホッとしました^^。



しかしながら、年内にもう一度八番山笠の役員会(寄りと言います)を開かなければならないかも知れず、まだまだ忙しい日が続きそうです。


山笠、自分の仕事、ネット・・・時間配分が、、、足りないで~す(汗


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  1. 2006/11/10(金) 09:28:28|
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「博多深発見」

先日、西日本新聞・夕刊を見ていましたら、記事の中に「博多深発見」というコーナーがあり、非常に興味深いことも書いてありましたので、そのまま掲載させていただきました。


博多を歩いてみると、寺社の多さに驚く。古刹を巡り、京都をしのぐほどの様々な「日本初」を探すのが、一番人気の「発祥の地・寺社めぐりコース」だ。


承天寺は「日本初」の宝庫とも言える。博多織は同寺の開祖、聖一国師とともに中国に渡った満田弥三右衛門が技術を持ち帰ったとされる。

うどん、そばも同寺境内に「発祥の地」の石碑が立つ。因みに博多祇園山笠も、聖一国師が水(甘露水)を撒いて、疫病をしずめる祈願をしたのが起源という。


わが国最初の禅寺である聖福寺は、お茶で有名だ。開祖栄西が中国から種子を持ち帰り、日本の茶文化は始まった。境内に繁る豊かな緑の中に、茶の木を見つけることができる。

今年が開祖千二百年にあたる東長寺や、人魚伝説が残る龍宮寺も訪ね、妙楽寺では甘くない「ういろう」の由来が分かる。


見どころ豊富で人気が高く、すぐに定員に達するのがコースの難点。しかし、ご安心あれ。十一、十二日に「寺社町ウォッチング」があり、博多部の寺社の多くで、特別拝観や催しを楽しめる。


この連載を通じて紹介した四つのコースを全部歩けば、きっと博多の通になれる。気持ちの良いこの季節、ぜひあんたも「博多」に遊びに来んしゃい!(博多まちなか支局・金澤皓介が担当しました)


「ガイドと街歩き」

11月3~5、10~12日の各日、午前10時と午後2時の2回開催。
各回定員20人。

問い合わせは、博多情緒めぐり実行委員会=092(419)1012。
予約は同委員会=090(6632)4531


如何でしたか。…数年前から博多部を見直そうと、街づくり協議会が中心となって、ボランティアを養成したりして、新たな観光名所の発掘ということで、こんな活動をやっています。


まだまだ、博多には皆さんが知らない意外な発見が数多く残っているんですよ^^。



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承天寺

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東長寺


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  1. 2006/11/08(水) 04:02:40|
  2. 福岡県福岡市博多区
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今、八番山笠上川端通では・・・

先月末から、今年の忘年会場の選定作業をやっているのですが、なかなか会場が決まらず、やきもきしています。


今年の総務は鶏肉が苦手なので、予算と照らし合わせながら探しているんですが、なかなか帯に短し…という感じで、これっ!といった会場が見つからず、苦戦しています。


一箇所非常に良い(値段、ボリューム、品数などで…)お店があったのですが、近所での評判がイマイチ芳しくなく、仲間が試食を兼ねて行ってきた結果、案の定全ての料理が…?で、刺身に到っては、採れたて??なのか、、、生温かく、とても食べるのに勇気がいったとの話しで、一発で却下になってしまいました(笑)。


やはり、お年寄りから若い学生まで一堂に会する場合は、なかなか全ての希望通りにいきません。

会場選びの辛いところです。



ところで、山笠では来年の体制に向けて、今年の12月には振興会に来年の三役(総務、山笠委員)名簿を提出しなければなりません。

先日八番山笠上川端通では、臨時役員会を開催し、来年の構想を話し合い、総務と山笠委員の候補を選定し、商店街の理事会にかけることになりました。

八番山笠上川端通は他の舁き山(流)と違い、上川端通商店街振興組合が実質的に資金を出し、運営しています。

そういった関係から、三役は常に商店街の理事の中でも役員の方々の中から選出されます。

しかも、上川端は土居流の構成町の一つである上新川端町と同じであるため、大半は土居流に参加するため、八番山笠の役員は常に数が不足し、持ち回りで維持して来ているという苦しい側面もあります。


しかしながら、昭和39年に初めて走る飾り山笠として登場して以来、既に42年が経過し、当初は商店街の宣伝山笠みたいな捉えられ方しかされていなかったものが、最近では山笠振興会でもはっきりと認知され、いろいろな全国規模の大会での山笠の紹介にも刈り出されるくらい、山笠行事にはなくてはならない存在になってきました。


私もこの上川端通に縁してから、既に20年以上の歳月が経ちましたが、今考えると、まだまだこれからですが、当時に比べて若い人たちの数も増え、組織もしっかりしてきて、他の流と遜色ないくらいになって来ているんじゃないかと感慨深いものがあります。

7月12日の追い山馴しと7月15日追い山本番の二日しか走らないといっても、毎年当番町でもある上川端通は、今や他の流と同様、立派にその重責を果たしているんではないかと自負しています。


年々八番の固定ファンも増え、今や八番の回走コースに観衆が鈴なりになっていて、追っかけまでいるのを見ると、胸が熱くなってきます。


来年は今年以上に立派な山笠を奉納しようと心を新たに今年を締めくくろうと考えている山のぼせです。



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20060902014833.jpg
大博通りを疾走する八番山笠上川端通


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  1. 2006/11/06(月) 20:54:29|
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