福岡&博多祇園山笠

東流は博多の東部旧東町筋を中心とした流です!。その中で今年から本町に復帰する町が我が上浜口町です



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山台の構造

 我々の八番山笠上川端通は、急な山大工さんの交代で、新しい山大工さんが出来る限り昔の構造をそのまま残した山を作りたいとの想いから、構造・・・特に山台から上の部分が大幅に変わるんですが、山台自体の構造は他の舁山と同じやり方で作られております。

 その中で、話し合いを重ねていく中、山台の構造は元々昔、飾り山を舁いでいた時代に、上が重く、大きいため、止まったり、動いたり繰り返す中で山台がゆがんだり、強度が弱ったりするのを防ぐために考え出された構造ではないかと解ってきました。


ですから、今の山大工さんが昔の構造に出来るだけ近くと言われるのは理にかなっているんです。


 今更何を言ってんだ!と言われそうですが、今まで棒締めなどをやってきてましたが、まあ、昔からこんな風に作られていて、ただ、それを踏襲しているだけ・・・みたいな考えで、構造自体を真剣に考えたことがなかったんです。


ただ、何となく山笠っちゃあ、こげな構造で出来上がっとるったい!程度の見識でしか、見てませんでした。(ホント恥ずかしい話ですが・・・)

もちろん、何のためにどういう役割で火打ちや八つ文字縄が掛けられているかくらいは分かってはいたんですが、実際にこんな荷重がかかるから、ここの構造は必要なんだという具体的に踏み込んだ意味までは理解してなかったんです。



 山台は四足と呼ばれる4本の柱を、前と後の2本の柱の下の部分は「への字」という横に渡した桟木で連結し、前後の柱は同じく桟木を渡して連結。。。

四足の上部は幅4寸程度の板材を前後左右に、柱に臍穴を開け、板を刳って差し込み、これで四足の四本の柱が固定されます。

そして、上部の横の桟の下、前後には棒受け、棒刳りという樫の木の分厚い板がつき、舁棒を乗せるための部材がつきます。

 一応これで、四足は箱型に横の梁で連結されますので、土台としては完成ですが、これだけでは上の飾りが前後左右に揺れたり、急停止や走り出したときに上からかかる荷重のバランスが崩れ、山台に負担がかかり、やがて山台が壊れるといったことが起こり得ます。

その加重を逃がし、四足を常に元の状態にするために、四本の柱(四足)の下の方には、斜に連結する二本の横の柱(桟木)…「火打ち」と呼ばれる柱で横のねじれを防ぐ役割をもたせます。

 次に全体の立方体のゆがみを治すために、「八つ文字」と呼ばれる縄をかけて締めることによって、全体がゆがんだりするのを元に戻す仕組みを組み上げます。


これで、上の飾りがどんなに揺れたり、ゆがんだりしても、山台自体に負担がかからないようにする構造の完成です。



 ちょっと言葉だけですので、なかなか解りにくかったとは思いますが、山台の構造について書いてある本も多数ありますので、それをご覧いただければお分かりになると思います。


山大工さんと打合せをやっている中で、先人の知恵を感じずにはいられませんでした。


山笠を作った昔の人たちの知恵は本当にすごいです!  素晴らしいです!


 これまで…山笠の歴史の中で、最初作り上げ、徐々に山が豪華になり、重さも高さも増していく中で、恐らく倒壊などの事故があったんじゃないかと想像されます。


それを何とか防げないかと試行錯誤の中で、現在の山台の構造が出来上がっていったんじゃないかと想像できます。


 ということで、今の山笠の山台の構造は、上に飾りが付き、重くなってもその加重を逃がすための工夫が至る所に施されている構造になっているんです。


まさに八番山笠上川端通のために作ってある山台なんです。


その山台の構造を最大限に生かすためには、今年必死になって打合せを重ねながら、作り上げようとしている飾りの部分の構造が、まさにピッタリなんじゃないかなと思えてきている山のぼせであります。

先ずは今年作ってみて、、、来年以降はもっとそれにプラスアルファがついて・・・、往年の山笠の再現が出来るんじゃないかと思っています。


初めて真剣に構造の部分について打合せを重ねたことで、初めて山台の仕組みまで理解出来た様な気がします。



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  1. 2008/06/04(水) 01:46:47|
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無事に棒洗いの神事を執り行ってきました^^。

昨日6月1日は朝早くから皆で集合して、棒洗いの神事を滞りなくやってまいりました。

打合せなど今後のことを話し合ったり、PCで資料作りなどをやって、ようやく午後3時頃帰宅。。

部屋で当番法被を脱ぎくつろいでいたら、いつの間にか寝てました(汗

朝5時半起きだったので、疲れと眠気が溜まっていたようです。

ニュースでやっていたという話でしたので、見られた方も多いのではないかと思います。。
(私は残念ながら夢の中で見てました(笑))




ここで、棒洗いの行事についておさらいをしておきます。


棒洗いとは、1年間埃にまみれて保管してあった山笠の舁棒(かきぼう)を、櫛田神社の別院である浜宮まで運んで、洗い清める行事です。

私たちの八番山笠上川端通は、他の流の先陣を切って、今日6月1日にこの行事を行いましたが、他の流や飾り山笠もこれから順次棒洗いの行事をやって、山笠製作にかかっていきます。


私の一日:

朝5時半、目覚ましの音で目覚め、何とか眠たい目を顔を洗って起こし、コーヒーを立ててパンを一かじり・・・

ようやく目がさえたところで、着替え開始。。。当番法被に袖を通し、帯を結ぶと「よしっ!」気合が入ります。

6時過ぎに家を出て、7時40分頃商店街着。


未だ誰も来てない・・・しばらくして委員の方が見え、事務所の鍵を預かり、事務所内へ・・・

前日用意してくれていた事務所隣の部屋に置いてあった棒洗い用のポリバケツ、ビニールホース、たわし、舁棒を乗せる「うま」と呼ばれる台などの備品を事務所に移し、他の連中が来るのを待つこと10分・・・数人が事務所へ・・・

先の備品を舁棒を保管してあるぜんざい広場に持っていくよう指示し、PCより名簿を出して、出欠の最終確認。。

ぜんざい広場では、梯子をかけて壁に飾ってあった舁棒を下ろしトラックに積み込む作業を並行してやっていました。

トラックに積み込む作業が終わり、未だ充分時間があったので、一旦事務所に全員移動し、コーヒーを飲みながら、今日の神事の役割分担などを確認。。

8時半、時間通り商店街を出発。


浜宮に到着すると、既に大勢の報道陣がスタンバイしていました。


トラックより舁棒他棒洗いの備品などを全て降ろし、浜宮内に舁棒を並べ、早速棒洗いの開始です。

先ず一人がロープのついたバケツを持って、浜宮奥の埠頭から海水を汲み上げます。

それをいくつかのバケツに汲み、それを持って舁棒にかけて清めます。


それから、クレンザーの粉をかけ、たわしと縄でこしらえた棒洗い用の道具で棒を皆で丁寧に洗います。

その後浜宮横にある水道の蛇口から何度も水をかけ、1年間の汚れを洗い清めた後、神事が始まります。

櫛田神社の神官が祝詞を奏上し、玉串を奉納し、皆で2礼2拍手1礼をして神事が終了。。


再び舁棒をトラックに積み込むと、保管場所へ移動。


これで本日の棒洗いの行事の終了です。


舁棒はこれから先の棒締めのときを待ちます。



我々にとっては、この棒洗いの神事が始まると、あっという間に7月の本番を迎えるという感じで、バタバタと日にちが過ぎていきます。


これからものすごく忙しい日々が続き、山笠を迎えるわけですが、また逐次行事のことや裏話などを書いていきますので、楽しみにしてください。



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  1. 2008/06/02(月) 00:25:58|
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