福岡&博多祇園山笠

東流は博多の東部旧東町筋を中心とした流です!。その中で今年から本町に復帰する町が我が上浜口町です



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八番山笠上川端通りだけにしかない物

山笠の備品チェックで思い出したのですが、現在でも使用している他の舁き山にはない備品があります。


それは、山台の四足に履かせる輪です。
重さ約2トンもある山なので、山笠の期間中商店街の中を日にち毎に移動する時に少人数で移動させやすいようにということで使用しています。

この輪なのですが、その昔もう15年位前になりますが、当時の八番山笠上川端通は舁き手の数も少なかったということもあって、清道入りをした後、国体道路に出て曲がったところで山を止め、件の輪を履かせて元来た道を静かに押して商店街に戻ってくるということをやっていました。

その時は櫛田神社の清道の舞台では「鎮めの能」が奉納されている傍を押して帰っていた訳です。
当然我々としては申し訳ないという気持ちと恥ずかしいという気持ちが入り交ざった複雑な思いで、山を押していたものでした。

出来れば舁山と同じとまではいかなくても、山を舁いて戻って来たいというのは皆の願いでもありました。


そうこうしている内に舁き手の数も増えてきて、平成元年からは舁き棒の長さが従来の舁山と同じ三間棒だったのを、山の大きさに合わせて四間棒に替えました。(通常の舁山は一本の棒に表、見送り(前後)各二人ずつ付くのですが、三間棒になったことで我々の上川端通は表、見送り各三人ずつ付ける様になったのです。)

これがきっかけになって、確か平成5年からだったと思いますが、櫛田神社の清道を出た後国体道路に出て、舁山と同じコースを辿り、東長寺の清道を廻った後、再び大博通りを北進…現在廻っているコースを行くようになったのです。

今思うと、当時は輪を履かせて押して帰る時に沿道の人から「なあんだ!ついてるじゃん!」みたいなことまで言われて、心の中で「くそっ!」と思いながら帰っていたものです。



今では八番山笠の通るコースまで案内図やガイドブックに載る様になり、専門のファンも増え、追っかけまでいるくらいに盛り上がってきました。


それも、周回コースを廻れるようになった賜物だと思っています。
出来れば折角ですから、承天寺の清道も廻りたいというのがみんなの夢です。

しかしながら、これには電線の問題や八番山笠だけがコースが変わるという面で、交通規制のことなどの問題もあり、なかなか難しい問題なのです。


でも、いずれは承天寺の清道まで廻って、三つの清道をきちんと廻って奉納したい…そう願う山のぼせであります。



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  1. 2006/08/26(土) 05:04:47|
  2. 福岡県福岡市博多区
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