福岡&博多祇園山笠

東流は博多の東部旧東町筋を中心とした流です!。その中で今年から本町に復帰する町が我が上浜口町です



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

今、八番山笠上川端通では・・・

先月末から、今年の忘年会場の選定作業をやっているのですが、なかなか会場が決まらず、やきもきしています。


今年の総務は鶏肉が苦手なので、予算と照らし合わせながら探しているんですが、なかなか帯に短し…という感じで、これっ!といった会場が見つからず、苦戦しています。


一箇所非常に良い(値段、ボリューム、品数などで…)お店があったのですが、近所での評判がイマイチ芳しくなく、仲間が試食を兼ねて行ってきた結果、案の定全ての料理が…?で、刺身に到っては、採れたて??なのか、、、生温かく、とても食べるのに勇気がいったとの話しで、一発で却下になってしまいました(笑)。


やはり、お年寄りから若い学生まで一堂に会する場合は、なかなか全ての希望通りにいきません。

会場選びの辛いところです。



ところで、山笠では来年の体制に向けて、今年の12月には振興会に来年の三役(総務、山笠委員)名簿を提出しなければなりません。

先日八番山笠上川端通では、臨時役員会を開催し、来年の構想を話し合い、総務と山笠委員の候補を選定し、商店街の理事会にかけることになりました。

八番山笠上川端通は他の舁き山(流)と違い、上川端通商店街振興組合が実質的に資金を出し、運営しています。

そういった関係から、三役は常に商店街の理事の中でも役員の方々の中から選出されます。

しかも、上川端は土居流の構成町の一つである上新川端町と同じであるため、大半は土居流に参加するため、八番山笠の役員は常に数が不足し、持ち回りで維持して来ているという苦しい側面もあります。


しかしながら、昭和39年に初めて走る飾り山笠として登場して以来、既に42年が経過し、当初は商店街の宣伝山笠みたいな捉えられ方しかされていなかったものが、最近では山笠振興会でもはっきりと認知され、いろいろな全国規模の大会での山笠の紹介にも刈り出されるくらい、山笠行事にはなくてはならない存在になってきました。


私もこの上川端通に縁してから、既に20年以上の歳月が経ちましたが、今考えると、まだまだこれからですが、当時に比べて若い人たちの数も増え、組織もしっかりしてきて、他の流と遜色ないくらいになって来ているんじゃないかと感慨深いものがあります。

7月12日の追い山馴しと7月15日追い山本番の二日しか走らないといっても、毎年当番町でもある上川端通は、今や他の流と同様、立派にその重責を果たしているんではないかと自負しています。


年々八番の固定ファンも増え、今や八番の回走コースに観衆が鈴なりになっていて、追っかけまでいるのを見ると、胸が熱くなってきます。


来年は今年以上に立派な山笠を奉納しようと心を新たに今年を締めくくろうと考えている山のぼせです。



スポンサードリンク

20060902014833.jpg
大博通りを疾走する八番山笠上川端通


無料アクセスアップツールWarp!-mini
URLを入力すると、誰かに閲覧されます。
スポンサーサイト
  1. 2006/11/06(月) 20:54:29|
  2. 博多祇園山笠
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://binbodasshutsu.blog71.fc2.com/tb.php/55-0bd95ee3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。